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今治東関連

今治東中等教育学校
今治東中等教育学校サッカー部オフィシャルHP

2回戦16試合が各地で行われ、元日本代表監督の岡田武史氏(63)がプレーの原則、指導法などをまとめた「岡田メソッド」を導入する初出場の今治東(愛媛)が全国1勝を挙げた。
FW高瀬太聖(2年)が2得点、守っては主将のDF大谷一真(3年)を中心に山形中央を完封。今季からJ3に昇格するFC今治オーナーで同校の指導もサポートしてきた岡田氏が見守る前で、堂々と3回戦に進出した。
守から攻へ、切り替えのスピード感はまさに「岡田メソッド」の効果だ。前半24分、相手パスをカットした後、一気にスイッチが入る。ゴール前ではFW高瀬が相手DFを背にしながら体を反転させ最後は右足で決めた。先制ゴールのエースはこの日、2得点と爆発。山形大会から4戦無失点中の相手DFの壁をぶち抜いた。
応援席にはFC今治の岡田オーナー、アドバイザーのラモス瑠偉氏らの顔。谷謙吾監督は思わず「スタンドのプレッシャーを感じながら戦いました」と笑った。今治東には週1度、FC今治のコーチが巡回、攻撃のサポートや守備面の指導を受けた。
愛媛大会決勝(対新田)前には、FC今治の下部組織が“仮想新田”も務めてくれた。成果は顕著だった。
守っても無失点。中でも主将のDF大谷は「岡田メソッド」の申し子だ。夏休みはFC今治のトップチームに練習参加。元日本代表DF駒野の高精度パスには1秒の隙も見せられない厳しさを教わった。「止める、蹴るの基本の部分から全然違った。主将として皆にも伝えました」。将来はFC今治入りも夢見るDFの要は完封で期待に応えてみせた。
FC今治では市全体を巻き込み、育成年代から強化プロジェクトを進めている。今治東の初出場も目に見える成果の一つ。試合後の岡田氏は「初戦の硬さはあったけど勝って本当に良かった」。
次戦はV候補の一角、静岡学園。これも運命のいたずらか、今治の夢を乗せた次なる戦いは、岡田メソッドVS“カズの母校”となった。(20/1/3 スポニチ)

「岡田の功績」みたいにマスゴミは

谷監督にとって同校は大学を卒業して教員になってから3校目。しかもその全てで選手権に出場を叶えている。出身は静岡で、名門・清水東ではGKとして選手権準優勝を経験。日体大を経て愛媛の名門・南宇和で教員としての人生をスタートさせた。
南宇和といえば谷が赴任する前年に愛媛県勢として選手権初制覇を成し遂げた。名将・石橋智之監督の下で、全国トップレベルの実力校として名が知れ渡っていた。
「石橋さんのチーム作りの緻密さ、トレーニングの構築は僕の指導者としてのベースになっています。石橋さんは本当に繊細で緻密、サッカーを見る目が物すごく鋭いんです」(谷)
石橋氏から名門の指揮を任されたのは26歳の時だった。就任当時、3年生には吉村光示(現・大分トリニータヘッドコーチ)、2年生にはGK羽田敬介(現・清水エスパルストップチームコーチ)がいた。
「南宇和の看板は正直重くて苦しかったですが、僕の中ですごく土台になっています」
南宇和では選手権に連続出場を達成。1999年に同県の松山工に就任すると、今度は2002年度の大会でチームを37年ぶり2回目の選手権出場に導いた。
2005年度に中野圭(現FC今治)を擁して3度目の選手権出場を果たした後は、済美や松山北の台頭で選手権からは遠ざかった。それでも、プリンスリーグ四国では2003年〜2005年と2011年に2位、2009年と2010年に3位と、常に四国の上位に導いた。松山工での最終年には最後の卒業生として、松下佳貴(現・ベガルタ仙台)を育てた。
そして、2012年に今治東の指揮官に就任。当時、2001年にインターハイに3度目の出場をして以降、全国大会出場は皆無だった。
「その時だけ強いチームは作りたくなかったし、毎年コンスタントに力を発揮できるチームにしたかった。動き出し、体の使い方、ボールの扱い方を徹底してやりました。特に動きの部分は地道に刷り込んだ。基本を大切にしながら、それを試合でいかすことを考えた」
谷監督の下でめきめきと力をつけたチームは、就任2年目で県予選の決勝に進み、プリンスリーグ四国に2度目の昇格を果たした。その後、僅か1年で降格を味わったが、2年後の2016年に3度目の昇格に導くと、2017年から今年に至るまで県リーグに落ちることなく戦い続けている。
2017年度に大きな転機が訪れる。選手権予選決勝、かつて率いた松山工と対戦して1−2の惜敗を喫した。
「前回の決勝は勢いで行ったけど、この時は本気で優勝を目指した上での決勝。あの負けは僕も選手も相当悔しかった。でも、そこでみんなのスイッチが入ったというか、『今治東で全国に行く』ということの信憑性が増して、選手たちも自信を持つようになったんです」
迎えた2019年、インターハイ予選こそ新田に敗れたが、プリンスリーグ四国では3位に輝き、選手権予選では準々決勝で松山工を4−0で一蹴し、リベンジを果たした。勢いそのままに準決勝では済美を(4−2)、決勝では新田を退け(1−0)、今治東としては初、谷監督としては2005年度以来14年ぶりとなる選手権出場を手にした。
「インターハイ予選で新田にやられて、みんなが『このままでは終われない』と思ってくれた。目の色が変わった。8年という思った以上に時間はかかりましたが、選手たちに選手権という素晴らしい舞台を経験させてあげることができてよかったです。もちろんここから先の景色も見せてあげたい。まずは選手権初勝利を掴んで、より多くの経験を積ませてあげたい」(1/2 サッカーキング)

出身者
村上智彦 1984年生

渡辺祐介 1975年生
PlayStation.com(Japan)

菅和範 サッカー選手(FC岐阜) 1985年生

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